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1.萱津神社の由来と漬物の起源
 が国の漬物の歴史は極めて古く、その起源は遙か上古の時代に遡(さかのぼ)る。即ち名古屋市の西郊外五条川沿いに鎮座する萱津神社がその発祥の地である。
当時は医薬の道も進んでいなかったので、この地方の人々は漬物を諸病を免れるお守りとして篤く信仰し、また、当社が漬物の神として、崇敬されたことなどが、永い年月の間に言い伝え聞き伝えられて、国民生活になくてはならない大事な食料としての香の物(こうのもの)になったといわれている。古伝によれば、当社は昔草ノ社(かやのやしろ)または種の社(くさのやしろ)といって、和歌で知られた阿波手の杜(あわでのもり)に神鎮まります社(やしろ)として祀られていた古社である。大昔に土地の肥えたところを探し求めて移住した天孫民族が、野を支配される神、鹿屋野比売(かやぬひめ)を奉祀したのが始まりである。

<阿波手森 薮香物の図 (尾張名所図絵 巻7)>
 の後、土地の人々がこの神前にウリ、ナス、大根等の初なりを供えた。当時このあたりは海浜でもあったので、海からとれた塩もお供えするようになり、これらをカメに入れてお供えしたところ、神の思召しか、程よい塩漬けになり、当時の人々は雨露に当たっても変わらない不思議なその味を神からの賜りものとして、遠近を問わず頂きに集まり、万病を治すおまもりとしたとあり、これがわが国の漬物の始まりであるといわれている。
景行天皇の御子日本武尊御東征の道すがら当社にご参拝になり、この時、村人がこの漬物を献上して長途の旅情をお慰めするとともに、霊験あらたかなことどもをお話し申し上げたところ、尊は非常にご感慨深げに「藪二神物(やぶにこうのもの)」と仰せられたと伝えられ、その名は愈々(いよいよ)広く世間に伝わり、いつ頃からか「香の物」とも書くようにもなった。
← “猿候庵”
<香の物運搬の図>
(矢立墨)
<竹薮に置かれた漬込みのカメ  (東海名所図絵)>
2.漬込神事と熱田神宮奉献
 が熱田の宮にお鎮まりになった後、尊を忍び村人は格別ゆかりの深いこの「香の物」をお供えした。以来これが恒例の行事となって今日まで悠久2000年になんなんとする長い間、熱田神宮の歳旦・祈年・新嘗(今日では元旦祭・春祭・秋祭といわれている)及び例祭の四祭に特殊神饌として奉献されてきた。
3.皇室・幕府と香の物
皇室・幕府とのゆかりも深く、旧幕府時代には、この「香の物」を度々皇室に献上したと伝えられ。また、当社へは、室町初期の国守萱津左京大夫頼益が神田(みとしろ)六十貫を寄進した。また、元和9年、藩主徳川義直は「香の物領」として元高五石八斗余の地を献進し、明治初年まで続いた。畏くも昭和・大正両陛下御即位式奉祝のため献上を願い出た折もその都度御嘉納の光栄に浴した。
4.漬物祖神萱津神社奉賛会
 年になって、全国の漬物業者によって漬物祖神萱津神社奉賛会が組織され、神徳欽仰(きんぎょう)の誠意が捧げられている。毎年8月21日の香の物祭には熱田神宮からも特に祭員の出向を願って厳粛な祭典が執行される。この祭には全国から多数の漬物業者が参列し、自ら初漬込み式典に奉仕し、その貴重な体験によって漬物祖神への報恩感謝の念を愈々(いよいよ)深められ、日々業界の発展に精進されている。
<萱津神社「香物殿」>
5.珍本「うろこやの黒本」
 津神社所蔵の「黒本」は宝暦8年、江戸の「うろこや」が出版した僅か2冊、10ページにも満たない絵本で、壬申の乱の時、大海人皇子(後の天武天皇)の夫人で、後の持統天皇が、萱津に滞在され、漬物三昧の生活をおくられたという内容の珍本である。
この頃、萱津には、援軍尾張初代国司小子部■(金へんに且という字)鈎(ちいさこべさびち)が2万余りの兵を率い参戦しており、安全地帯であった。吉野を発って桑名へ出られた大海人皇子は、美濃不破の決戦場へ向かわれる前に、持統天皇をこの地に避難させられた。この假宮(かりのみや)での生活ぶりが漬物一色である。朝夕の食事は全て野菜。持統天皇も殊更これらの漬物を好んで召し上がられたが、漬物の手入れに追われる侍女等は大変な苦労であった。
「時々手を入れてかき回さねば、くさくなりたがる」とあり、この頃の漬物は、単純な塩漬ではなく、糠(ぬか)味噌漬であったことがうかがわれる。
※以上の1~4の文章は萱津神社青木宮司の許可を得て「漬物祖神 ゑんむすびの神 萱津神社について」から漬物に関する部分を抜粋し掲載しています。
○萱津神社の概略
鎮座地 愛知県海部郡甚目寺町大字上萱津字車屋19番地
祭神 鹿屋野比売神
由緒 尾張国の古社で、尾張国神明帳に従三位萱津天神とあり。本国帳の貞治本には従一位萱津天神と記す。古くは、草の社、種の社、阿波手の社と称した。明治5年5月村社に列格し、大正4年9月22日、供進指定社となる。太古民族が沃野を求め、土地を開拓した頃、田畑を守る農耕の神鹿屋野比売神を祀る神社で、我が愈々国で唯一の漬物の祖神であり、諸病免除の神、縁結びの神と御神慈悲深き神として遠大な御神徳あり。日本武尊御東征の途次参拝あり。代々の国司、国守の崇敬あつく、室町時代萱津左京大夫頼益、神田六十貫文を寄進し徳川義直、元和年中(1615年から1623年)香の物領として五石八斗余の土地を寄進する。徳川中期には藤原朝臣実久卿、阿波手の社の篇額を奉献した。昭和13年頃より社殿の造営神域の整備を行ない終戦時には県社扱いの神社に認められる。
例祭日 10月9日
社殿 本殿 流造9.77坪、幣殿 19.25坪、拝殿 27.75坪、社務所 193.00坪、香の物殿 4.69坪、授与所 7.50坪、参集所 43.00坪
特殊神事 ○香の物祭 8月21日(町無形民俗文化財昭和60年指定)
日本武尊御参拝の時、神前より生ずる塩漬物を賞味あり「薮に神の物」とのたまうの縁由より、その名広く天下に伝わり、漬物の祖神と称う。尊の御霊熱田の宮に神鎮まりし後には村人等懐古の情にたえず、此の香の物を熱田神宮に奉献する例とした。毎年歳旦、祈年、新嘗、例祭の大祭には特殊神饌として献進する。
○献榊祭 4月第二日曜日
縁結びの御神徳を称えた祭。第57代陽成天皇に連理の榊を献じたことに始まる。(三代実録に元和元年(1615年)2月14日に献進の記録あり)

<漬物祭りで賑わう境内>
宝物 狛犬(木彫一対)、狛犬(陶製三対)、刀剣(銘・備前長船友光作)、絵馬(三六歌仙)
境内坪数 1,798.32坪
氏子数 800戸 奉賛会2,000人
宮司 青木節夫 宮司
(愛知県神社名鑑より)
【参考文献】

   漬物祖神 ゑんむすびの神 萱津神社について 萱津神社
  今月の展示品紹介「萱津神社・漬物祭」62/8月号 Vol-9
   甚目寺町歴史民俗資料館
  愛知県特殊産業の由来 東海地方史学協会
  阿波手の杜 萱津神社
  愛知県神社名鑑 愛知県神社庁
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